光風会略史(100回記念展まで)

光風会略史(100回記念展まで)

1910年代(明治45年・第1〜7回展)

光風会は白馬会解散後に中澤弘光山本森之助三宅克己杉浦非水岡野 栄小林鐘吉跡見 泰の若い7人の発起により創立。明治45年(1912年)6月9日より29日まで上野竹之台陳列館において第1回展を開催しました。「光風会設立趣意書」によると「春が来て無意識に咲いた野の草花の様なもの」「隠れた無名の花を自由に紹介する広い花園を開拓した」とし、会の性格と後進の育成の方針としました。

開催年
第1回展(1912年・明治45年)/第2回展(1913年)/第3回展(1914年)/(1915年開催なし)/第4回展(1916年)/第5回展(1917年)/第6回展(1918年)/第7回展(1919年)

主な出来事

1912年
●旧白馬会の主力メンバー7名により新しい展覧会「光風会」創設
●「光風会設立趣意書」を発起人7名の連名で公表
●米田虎雄侍従が来場され作品22点御買上げとなる
●展覧会における授賞の嚆矢とされる「今村奨励賞」を設定
1915年
●会場を国民美術協会に好意的に譲ったため休催
1917年
●ラファエル・コラン遺作展示室「コラン先生追慕遺作展覧会」設置
 補/ラファエル・コランは黒田清輝、久米桂一郎がフランス留学時に師事した外光派の画家

社会の出来事・日本美術の動向

1912年
●明治天皇崩御、「大正」と改元
1913年
●黒田清輝ら、国民美術協会創立
●石井柏亭ら、日本水彩画会創立
1914年
●第1次世界大戦勃発(〜1918年)
●文部省、文展第一部(日本画)二科制廃止
●石井柏亭、有島生馬ら二科会結成、第1回二科展開催
1919年
●田辺 至ら、新光洋画会創立
●第1回帝展開催

当時のポスター
第1回展(1912年)/第2回展(1913年)/第3回展(1914年)/第7回展(1919年)

当時の画像
第1回展(1912年)/第3回展(1914年)/(1915年)/第4回展(1916年)/第5回展(1917年)

1920年代(大正9年・第8〜16回展)

1920年代は、美術収蔵家所蔵の欧州近代画家の美術品を毎年陳列するなど、光風会にとって公募団体活動が安定するまでの過渡期と言えます。この時期は多くの洋行者が欧州で学んだ成果を次々と発表し、展覧会の見どころの一つとなりました。また、白日会や槐樹社など光風会会員、あるいは光風会出品歴にあるメンバーによる新しい分派も創られました。

開催年
第8回展(1920年・大正9年)/第9回展(1921年・大正10年)/(1922年開催なし)/第10回展(1923年・大正12年)/第11回展(1924年・大正13年)/第12回展(1925年・大正14年)/第13回展(1926年・大正15年/昭和元年)/第14回展(1927年・昭和2年)/第15回展(1928年・昭和3年)/第16回展(1929年・昭和4年)

主な出来事

1922年
●平和記念東京博覧会(東京府主催)と会期が重複したため休催
1924年
●初めて地方展(名古屋展)を開催
●白日会創立に中澤弘光、小野健吉、相馬其一、辻 永、南 薫造らが創立会員として参加
●鬼頭鍋三郎ら、サンサシオン自由洋画研究所開設(〜1933年)
1925年
●この頃、滞欧者・渡欧者による滞欧作出品が増える
1927年
●会場が上野公園竹之台陳列館から同公園の東京府美術館となる
●会友制度を新設

社会の出来事・日本美術の動向

1920年
●第1回新光洋画会開催
1923年
●関東大震災発生
1924年
●中澤弘光、南 薫造ら、白日会創立
●牧野虎雄、熊岡美彦ら、槐樹社結成
●杉浦非水ら、創作図案研究団体「七人社」結成
1925年
●普通選挙法、治安維持法公布
1926年
●大正天皇崩御、「昭和」と改元
1927年
●東京府美術館開館
●杉浦非水、ポスター研究雑誌「アフィッシュ」創刊
1929年
●ニューヨーク株式大暴落(世界経済恐慌発生)

当時のポスター
第14回展(1927年)/第16回展(1929年)

当時の画像
第11回展(1924年)/第13回展(1926年)

1930年代(昭和5年・第17〜26回展)

会員・会友数も飛躍的に延び興隆期に入った光風会は、伝統の印象主義系アカデニズムに加え新しいモダニズムの会員層が新風を起こし、帝展改組時の混乱を乗り越えて活気ある一大団体に成長していきました。また、温泉地や名勝風景などテーマを決めて制作し展示した特別陳列も、新味のある企画として名物になりました。1930年代前半には、ポスター、壁掛、屏風などが陳列された図案室が設置され、現在の工芸部の端緒となる図案部が発足しました。

開催年
第17回展(1930年・昭和5年)/第18回展(1931年・昭和6年)/第19回展(1932年・昭和7年)/第20回展(1933年・昭和8年)/第21回展(1934年・昭和9年)/第22回展(1935年・昭和10年)/第23回展(1936年・昭和11年)/第24回展(1937年・昭和12年)/第25回展(1938年・昭和13年)/第26回展(1939年・昭和14年)

主な出来事

1933年
●評議員制度を新設
1934年
●第10室に「図案室」を新設、図案部発足
1935年
●帝展改組反対と新帝展不出品を表明
1936年
●新文展の支持を表明
●猪熊弦一郎、小磯良平、脇田 和、内田 巌ら退会

社会の出来事・日本美術の動向

1930年
●大原美術館開館(倉敷)
1931年
●満州事変勃発
●東京要町に池袋モンパルナス誕生
1932年
●熊岡美彦ら、東光会創立
1933年
●日本、国際連盟脱退
1935年
●ドイツ、再軍備宣言
●松田文相による帝展改組をめぐり美術界紛糾
●光風会、白日会など所属の洋画家約250名、新帝展反対と不出品を表明
●旧帝展無鑑査ら有志は第二部会結成、第1回展開催
1936年
●平生文相、再改組と文部省美術展覧会(新文展)開催を発表
●第二部会、新文展支持を表明、美術界の混乱収束
●新文展反対の猪熊弦一郎、小磯良平、内田 巌ら、新制作派協会創立
●有島生馬ら、一水会創立
1937年
●日中戦争勃発
●第二部会解散
●第1回新文展開催
1939年
●第二次世界大戦勃発(〜1945年)

当時のポスター
第17回展(1930年)/第18回展(1931年)/第19回展(1932年)/第21回展(1934年)/第22回展(1935年)/第23回展(1936年)/第24回展(1937年)/第25回展(1938年)/第26回展(1939年)

当時の画像
第20回展(1933年)/第21回展(1934年)/第23回展(1936年)/第24回展(1937年)/第25回展(1938年)

1940年代(昭和15年・第27〜35回展)

太平洋戦争を挟んだこの時代は、前半の戦時下の閉塞期と、終戦後の急速な隆盛期に分けられます。暗い世相を反映して一旦は衰退した光風会のモダニズムは、戦後急成長しつつあった抽象主義にも劣らず、再び新しい具象系写実へと発展していきました。それは、自然体の単純描写ではなく、主観を加味した造形的構成的な具象を目指すものでした。

開催年
第27回展(1940年・昭和15年)/第28回展(1941年・昭和16年)/第29回展(1942年・昭和17年)/第30回展(1943年・昭和18年)/第31回展(1944年・昭和19年)/(1945年開催なし)/第32回展(1946年・昭和21年)/第33回展(1947年・昭和22年)/第34回展(1948年・昭和23年)/第35回展(1949年・昭和24年)

主な出来事

1940年
●工芸部設置(「工芸」の名称で統一)
1944年
●寺内萬治郎、武蔵野会結成
1945年
●美術展覧会取扱要綱により休催
1946年
●戦後の翌年、絵画・工芸合わせて総計139点でスタート(この年は非公募展)
1947年
●第1回美術団体連合展に協賛団体として参加(〜1951年)
●朝井閑右衛門、新樹会結成
1948年
●辻 永、青季会結成

社会の出来事・日本美術の動向

1940年
●大久保作次郎ら、創元会創立
1941年
●太平洋戦争勃発(〜1945年)
1944年
●東京美術学校(現/東京藝術大学)、教授陣一新
1945年
●東京大空襲、太平洋戦争終結
●文部省、文展第一部(日本画)二科制廃止
●石井柏亭、有島生馬ら、二科会結成
1946年
●日本国憲法公布
●第1回日展開催
1947年
●三岸節子ら、女流画家協会創立
1949年
●石川寅治ら、示現会創立
1948年
●在野洋画7団体、日展不参加表明
●日展、文部省主催から日本芸術院主催となる
1949年
●日本美術家連盟発足

当時のポスター
第28回展(1941年)/第35回展(1949年)

当時の画像
第27回展(1940年)/第28回展(1941年)/名古屋展(1947年)/第34回展(1948年)

1950年代(昭和25年・第36〜45回展)

戦後より再び急速に出品数が増え、1950年代後半には絵画800点台、工芸150点台もの出品数を数えるに至ります。こうした拡大化に伴って組織としての強化を図るべく、1951年(昭和26年)に組織改正を行い初代理事長に中澤弘光を選出。1952年(昭和27年)には、国内の美術団体で会館を所有するのは初めてとなる「光風美術会館(光風会館)」が完成し、1956年(昭和31年)には、同じく国内の美術団体で初めての社団法人として認可されました。また、全国に地方連絡所(旧/支部)が誕生し整い始めたのもこの頃でした。

開催年
第36回展(1950年・昭和25年)/第37回展(1951年・昭和26年)/第38回展(1952年・昭和27年)/第39回展(1953年・昭和28年)/第40回展(1954年・昭和29年)/第41回展(1955年・昭和30年)/第42回展(1956年・昭和31年)/第43回展(1957年・昭和32年)/第44回展(1958年・昭和33年)/第45回展(1959年・昭和34年)

主な出来事

1951年
●組織改正実施
1952年
●光風会美術会館(光風会館)が、東京都港区芝新桜田町に完成
1954年
●第1回夏期講習会(風景班)開催
1956年
●「社団法人光風美術会」が認可される
●この頃、渡欧者による渡欧作品が増える
1958年
●寺内萬治郎、北斗会結成

歴代理事長就任期間
1951年〜(初代理事長)中澤弘光〜

社会の出来事・日本美術の動向

1950年
●朝鮮戦争勃発(〜1953年)
1951年
●特需景気始まる(〜1952年)
1953年
●NHK、テレビ本放送開始
●1950年代に抽象絵画全盛
1954年
●神武景気始まる(〜1957年)
1956年
●日本、国際連合加盟
1958年
●岩戸景気始まる(〜1960年)
●東京タワー完成
●日展運営会解散、社団法人日展発足
●第1回新日展開催

当時のポスター
第36回展(1950年)/第37回展(1951年)/第38回展(1952年)/第39回展(1953年)/第40回展(1954年)/第41回展(1955年)/第42回展(1956年)/第43回展(1957年)/第44回展(1958年)/第45回展(1959年)

当時の画像
第39回展(1953年)

1960年代(昭和35年・第46〜55回展)

高度経済成長の1960年代は、節目となる第50回記念展を1964年に迎え、ちょうど社会の急速な経済成長と合わせるように、総出品数で900点を超えるまでに発展していきました。光風会のモダニズムを力強く牽引してきたベテランの会員に加え、フォーヴ(フォーヴィズム)の感覚を取り入れた次の世代の会員など、新しい個性の会員が次々と登場し、光風会の魅力の幅を広げていきました。

開催年
第46回展(1960年・昭和35年)/第47回展(1961年・昭和36年)/第48回展(1962年・昭和37年)/第49回展(1963年・昭和38年)/第50回記念展(1964年・昭和39年)/第51回展(1965年・昭和40年)/第52回展(1966年・昭和41年)/第53回展(1967年・昭和42年)/第54回展(1968年・昭和43年)/第55回記念展(1969年・昭和44年)

主な出来事

1960年
●西村愿定ら、十柯会結成
1961年
●九州特別光風会展開催
●國領經郎ら、六晶会結成
1964年
●光風会選抜展開催(日本橋白木屋)・光風会小品展開催(日本橋高島屋)

歴代理事長就任期間
〜中澤弘光〜1963年/1964年(理事長代理)小寺健吉/1965年〜辻 永〜1968年/1969年〜鬼頭鍋三郎〜

社会の出来事・日本美術の動向

1960年
●NHKなど各局、カラーテレビ本格放送開始
1961年
●ソ連、人類初の有人宇宙飛行成功
1962年
●キューバ危機
●オリンピック景気始まる(〜1964年)
1963年
●ケネディ米大統領暗殺
1964年
●ベトナム戦争勃発(〜1975年)
●東海道新幹線開業(東京〜大阪間)
●オリンピック東京大会開催
1965年
●いさなぎ景気始まる(〜1970年)
1966年
●日本総人口1億人突破
1967年
●東京国立近代美術館開館
1968年
●全国の大学で紛争発生
1969年
●東大安田講堂封鎖解除
●アポロ11号、人類初の月踏査
●改組第1回日展開催

当時のポスター
第46回展(1960年)/第54回展(1968年)

当時の画像
光風会写生旅行(1960年)/第50回記念展(1964年)/祝賀会(1968年)/第55回記念展(1969年)

1970年代(昭和45年・第56〜65回展)

1970年代の光風会は新たな分派の動きがありましたが、堅調な出品数を維持しながら、造形的構成的なフォーヴィスムを会員それぞれが効果的に展開させながら、さらに個性的で多彩な表現を発表していきました。また、新宿三越や銀座のセントラル美術館などで選抜展を開催するなど、発表の場を広げていった時代でもありました。

開催年
第56回展(1970年・昭和45年)/第57回展(1971年・昭和46年)/第58回展(1972年・昭和47年)/第59回展(1973年・昭和48年)/第60回記念展(1974年・昭和49年)/第61回展(1975年・昭和50年)/第62回展(1976年・昭和51年)/第63回展(1977年・昭和52年)/第64回展(1978年・昭和53年)/第65回記念展(1979年・昭和54年)

主な出来事

1970年
●第1回光風会秀作展開催(〜1983年)
1977年
●第1回日洋会に田村一男、新道 繁、岡田又三郎らが参加
1979年
●光風会第65回記念展銀座展開催(東京セントラル美術館)

歴代理事長就任期間
〜鬼頭鍋三郎〜1979年/

社会の出来事・日本美術の動向

1970年
●日本万国博覧会(EXPO70)開催
1972年
●冬季オリンピック札幌大会開催
●連合赤軍浅間山荘事件
1973年
●第1次石油ショック発生
1975年
●サイゴン陥落、ベトナム戦争終結
●東京都美術館開館(旧館解体)
1976年
●ロッキード事件発生
1976年
●第1回日洋展開催
1978年
●成田に新東京国際空港開港
●第2次石油ショック発生

当時のポスター
第57回展(1971年)/第61回展(1975年)/第63回展(1977年)/第64回展(1978年)/第65回記念展(1979年)

当時の画像
第58回展(1972年)/夏季講習会(1972年)/第60回記念展(1974年)

1980年代(昭和55年・第66〜75回展)

1985年には工芸部で少なからず退会者を出しましたが、内的に深める好機としてさらなるモダニズムの表現を模索していきました。また、絵画部は、さらに深化を遂げた独特の境地から生み出される個性的な作品が、光風会の色彩の華やかさと圧倒する力強さとして好評を博しました。

開催年
第66回展(1980年・昭和55年)/第67回展(1981年・昭和56年)/第68回展(1982年・昭和57年)/第69回展(1983年・昭和58年)/第70回記念展(1984年・昭和59年)/第71回展(1985年・昭和60年)/第72回展(1986年・昭和61年)/第73回展(1987年・昭和62年)/第74回展(1988年・昭和63年)/第75回記念展(1989年・昭和64年/平成元年)

主な出来事

1982年
●事務所・研究所を東京都新宿区高田馬場(瀬古ビル)に移転
1984年
●光風会第70回記念銀座展開催(東京セントラル美術館)
●光風会物故作家追悼法要挙行(上野寛永寺)
1989年
●第75回記念光風会新人銀座展開催(東京セントラル美術館)

歴代理事長就任期間
1980年新道 繁/1981年〜田村一男〜

社会の出来事・日本美術の動向

1981年
●第1回安田火災美術財団奨励賞展開催
1982年
●東北・上越新幹線開業
1983年
●東京ディズニランド開園
1985年
●日航機、御巣鷹山に墜落
1986年
●平成バブル景気始まる(〜1991年)
1987年
●国鉄分割民営化、JR7社発足
●井出宣通ら、日洋会創立
1989年
●昭和天皇崩御「平成」と改元
●中国、天安門事件発生

当時のポスター
第66回展(1980年)/第67回展(1981年)/第68回展(1982年)/第69回展(1983年)/第70回記念展(1984年)/第71回展(1985年)/第72回展(1986年)/第73回展(1987年)/第74回展(1988年)/第75回記念展(1989年)

当時の画像
研究会(1987年頃)/第75回記念展(1989年)/夏季講習会(1989年)

1990年代(平成2年・第76〜85回展)

時代は「平成」に変わり、工芸部は1990年から新たな研鑽と発表の場として「明日へのかたち展」の開催をスタートさせました。絵画部は、従来の造形的構成的なフォルム感覚の気質とは違って、それまでのイズムにこだわらない新しい感覚と自由な発想の作品が現れ始めました。

開催年
第76回展(1990年・平成2年)/第77回展(1991年・平成3年)/第78回展(1992年・平成4年)/第79回展(1993年・平成5年)/第80回記念展(1994年・平成6年)/第81回展(1995年・平成7年)/第82回展(1996年・平成8年)/第83回展(1997年・平成9年)/第84回展(1998年・平成10年)/第85回記念展(1999年・平成11年)

主な出来事

1990年
●第1回明日へのかたち展開催(中村研一記念美術館)
1994年
●第80回記念光風会新人銀座展開催(東京セントラル美術館)
●「光風会史 -80回の歩み-」刊行
1999年
●第85回記念光風会新鋭選抜展開催(東京セントラル美術館)
●「第85回記念 光風会目録集」刊行

歴代理事長就任期間
〜田村一男〜1996年/1997年渡邊武夫/1998年〜寺島龍一〜

社会の出来事・日本美術の動向

1991年
●湾岸戦争勃発
●バブル経済破綻
1994年
●関西国際空港開港
1995年
●阪神・淡路大震災
●東京地下鉄サリン殺人事件
●Windows95発売
1998年
●冬季オリンピック長野大会開催

当時のポスター
第76回展(1990年)/第77回展(1991年)/第78回展(1992年)

当時の画像
第80回記念展(1994年)

2000年代(平成12年・第86〜95回展)

新しい世紀を迎えた光風会では、従来の形式に捉われない新しい感覚に溢れた若手の会員による出品作が、新たな光風会の魅力に加わり始めました。その一連の抑制されたクールな写実的作品の傾向は、光風会の穏健で上品なスタイルを脈々と受け継ぐものでした。2007年にはそれまでの上野の東京都美術館から六本木の国際新美術館に会場を変え、さらに多くの出品作による競演が活気溢れる光風会をさらに盛り上げていました。

開催年
第86回展(2000年・平成12年)/第87回展(2001年・平成13年)/第88回展(2002年・平成14年)/第89回展(2003年・平成15年)/第90回記念展(2004年・平成16年)/第91回展(2005年・平成17年)/第92回展(2006年・平成18年)/第93回展(2007年・平成19年)/第94回展(2008年・平成20年)/第95回記念展(2009年・平成21年)

主な出来事

2001年
●豊島区要町に新しい光風会館完成、事務所移転
2003年
●第1回爽光会展開催(日本橋三越 他)(〜2005年)
2007年
●六本木の国立新美術館に会場を変更
2009年
●第1回光耀会展開催(日本橋三越)(〜2011年)

歴代理事長就任期間
〜寺島龍一〜2000年/2001年〜庄司栄吉〜2008年/2009年〜寺坂公雄〜

社会の出来事・日本美術の動向

2001年
●アメリカ同時多発テロ発生
●Suica登場
2003年
●米英によるイラク戦争勃発
2005年
●全国で市町村合併相次ぐ
2006年
●国内で絵画盗作疑惑発生
2007年
●日本郵政グループ4社発足
●PASMO登場
●国立新美術館開館
2008年
●日本でスマートフォンiphone3G発売
●リーマン・ショック発生

2010年代(平成22年・第96〜100回展)

2014年、光風会は第100回の記念展を開催しました。1世紀もの時を超えて漸進ではあっても先取の気概と穏健な品位を矜持として、日本の美術界の中核の一翼を担ってきました。しかし、進化し続ける光風会にとって、100回展は通過点に過ぎません。次の時代に向けて、すでに光風会は新たな歴史を創造するために力強く邁進しています。

開催年
第96回展(2010年・平成22年)/第97回展(2011年・平成23年)/第98回展(2012年・平成24年)/第99回展(2013年・平成25年)/第100回記念展(2014年・平成26年)

主な出来事

2012年
●「一般社団法人光風会」として認可される(1月6日〜)
●光風会創立100周年となる
2013年
●第1回光耀会II展開催(日本橋三越)(〜2015年)
2014年
●第100回記念企画展「洋画家たちの青春-白馬会から光風会へ-」開催(東京・名古屋)
●第100回記念光風会展祝賀会開催(帝国ホテル)
●光風會100回記念選抜展開催(日本橋三越)
●「光風会史-100回記念-」刊行

歴代理事長就任期間
〜寺坂公雄〜

社会の出来事・日本美術の動向

2011年
●東日本大震災発生、津波により北陸沿岸に甚大な被害
●福島第一原発事故で放射能汚染発生
2012年
●東京スカイツリー開業
2013年
●アベノミクス実施
●日展(書部門)不正審査問題
2014年
●改組新第1回日展開催